スクウェア・エニックス AIアカデミー第5回(最終回)「キャラクターの学習」感想

第5回の要約:

  第5回ではゲームAIでは滅多に見られない学習について取り上げた。

 

 実際の商業ゲームでは、ゲームデザインや計算量の制約からゲームAIを成長させることは難しい。さらにゲームの環境がこれまでハリボテだったことも問題になっている。厳密なゲーム空間が定義されないと、ゲームの中で学習をさせることは難しい。

 

 また現状の「キャラクターの学習」は、大学で研究される学習アルゴリズムとは違い、単純なルールや知識といった記憶の蓄積で既に必要十分であるケースも少なくない。

 

 このように「キャラクターの学習」は、大学で一般に言う学習すなわち機械学習とはかなり違った方向で検討されている。ただし、機械学習を用いて商用ゲームを作った実例も、国内外で複数存在する。

 

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第1回の感想はこちら

第2回の感想はこちら

 

第4回の感想を書いていないが、とりあえず第5回の感想を書くことにする。

 

 「キャラクターの学習」というタイトルは一見するとシンプルだが、まさに今回の講義の内容を言い表していたように思う。

 

 すなわち、キャラクターの学習は機械学習とはほとんど重ならない。
 情報系学科で「学習」と言った場合にふつう指す機械学習とは大きく異なる。
 この点は今回の大きな発見だった。

 

 やはり、そこそこ負けてくれる敵を倒す悦楽を生み出す手段の提供に、まだ機械学習がそれほど貢献できていないという感じを受ける。将棋でも「強いAI」の次は接待将棋(相手が気分を害さない程度にうまく負けてくれるAI)が求められるのではという話があるが、まだ数年先の話である。

 

 最終的に「プレイヤーが気持ちよくなるように負けてくれるAI」が誕生しそうなのは分かる。10年後くらいだろうか。

 それまではキャラクターの学習は機械学習とはかなり違う方向へ、具体的には何を記憶させるかどう実装するかといったゲームAI固有の知見形成に向かうだろう。これらの話は大学では新規性がないものとして扱われない。だが、AIが人間らしく振舞う前段階として、いろいろ実験ができる分野だと感じた。

 

 翻って、アストロノーカの独自性が際立つ。

 

 アストロノーカは、98年にエニックスから発売されたプレステの育成シミュレーションゲームである。

 農夫である主人公が野菜を育てているのだが、栽培の途中で害獣が野菜を襲いにくる。この害獣を追い払うために主人公は各種のトラップを仕掛ける。しかし、害獣は世代を経るごとに以前のトラップのパターンを学習して、上手いこと野菜を狙いにくる。この主人公と害獣との攻防を、「トラップバトル」と呼ぶらしい。

 

 作者の論文によれば、この学習の方法として遺伝的アルゴリズムが利用されている。特に、プレイヤに楽しんでもらうための工夫が興味深い。

 

  1. ゲーム中では害獣は3体しか現れないが、プレステのバックグラウンドでは20体がトラップバトルを行って学習を進めている。
  2. ゲーム中では1日で害獣が1世代交代すると説明されるが、実際には5世代の交代を行っている。
  3. この5という数字は、学習速度を監視しながら適宜調整する。
  4. 突然変異は、害獣が昔身に着けたトラップ耐性を急に失くすことがないよう、いくつか制約を設けている。

 

 この学習速度を制限すると言った話や、突然変異を制限すると言った話は、とにかく最速で何でもありで生物の学習との整合とか全く気にしないでガンガン行く機械学習の思想とはだいぶ違う。突然変異を制限するのは例があるだろうが、学習速度を制限するという話にはまずならない。これは、学習途上の害獣の動きを見るのもあんがい楽しいという、ゲームならではの要素が影響している。

 

 その後にはテクノロジー推進部の新入社員の方から研修で作ったというシューティングゲーム内でのパス探索の応用の話と、ドリアンクール・レミ氏からゲーム製作の展望についての講義があった。どちらも面白かったが、疲れているのでここで第五回の感想は終える。

 

 

 これで全5回のスクウェア・エニックスAIアカデミーが終了したので、以下に総感を述べたいと思う。

 

 大学とは違うAIの姿を見れた、という点で非常によい経験だったと思う。大学のAIというとロボットを動かしたりSVMで倒産分析したりと現実現実し過ぎている上に、どこか速足で通り過ぎてしまうきらいがある。

 僕はオンラインゲームは(小学生のときに500時間ほどを費やしたので)大嫌いだが、文化人類学をやっている友人(FF14内でもプレイヤの行動調査などをしていた)からすると、MMOの世界観の作られ方は非常に凝っているそうだ。氷山や砂漠などと言った多様な地形、そこに暮らす民族の特徴付け、服や階級といった文化、神話や信仰対象などの設定、交易や戦争などのイベント。

 

 どれを取ってみても、世界の側面を象徴している。

 

 人間の想像力は、そんなに遠い距離を飛べない。ゲームの中に出てくるということは、誰かが現実で見たものを、少しずつ少しずつ想像力で遠くのものにしていったはずだ。旅行が必ずしも現地の実情を教えてくれない一方で、ゲームは必ずしも虚構でできてはいない。むしろ僕は、現実を忘れる娯楽でありながら、現実の見えにくい側面を無意識に学ばせてくれる存在として、ゲームに期待を寄せている。

 

 その中で、ゲームの裏で活躍するAIの仕組みを想像しながら、何がその事象を成り立たせているのか考えることは、微分方程式でボールの動きを理解するような種類の知恵を僕らに渡してくれるのではないかと思っている。既にいくつかそのためのネタは存在するのだが、実装する時間が足りない。老後の楽しみにでも取っておく。

 

 貴重な機会を用意してくれた関係者各位の方々に感謝したい。